タイトルロゴ 「未来 挾土秀平の夢『歓待の西洋室』」
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装飾用画像(東家土蔵 壁)

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文:挾土秀平

洋館の移築を目指し、その環境整備に長い時間を費やしてきた・・・。

そしてようやく、建築に取り掛かることになったものの、その幕開けの作業はこの移築の明暗を分ける、最も神経質な大工事そのものとなった。

この洋館の内部は、【春慶の間】と呼ばれ、さすが陸軍中将の迎賓館にふさわしく、建具や柱廻りが飛騨独特の春慶塗で気品良く光り、その中心部には、英国風の重厚でハイカラなマントルピースが据えられていて、さらに100年の時がしっかりと刻まれているような面持ちがあった。どうあっても、これをそのまま移動しなければ、その独特な雰囲気は失われ移築が軽い物となってしまう・・・。ところがその床下を覗いてみるとマントルピースは地盤からピラミッド状に赤レンガで支えられていて、老朽化している可能性を感じさせる状態であった。慎重に静かに数センチ、クレーンで吊り上げてみると、なんと約8トン500キロという重さ。

言うなれば、この作業は、高さ3メートル、重さ約8トン500キロの不安定な積み木を吊り上げ、10km先の歓待の山林に移動し、狙った位置に角度、高さ、垂直を合わせ、正確に据え付けなければならない。

どんなに、作業経験があっても、こういった始めての、失敗の許されない仕事は、考えるほどに不安要素ばかりが思い浮かんでしまう。ただ思い悩むばかりで過ぎ去ってゆく日々・・・。

その内に、様々な人たちの知恵が集まり始めた。なにかゆっくりと熱が集まるような感覚・・・。

作業当日。クレーンのボス、機械屋の社長、大工、友人、そして秀平組の職人達が、夜明け前に集まり出発。まず一台の軽トラックが先導し、マントルピースを積んだ大型トラックを守るように3台の車がゆっくりと追走、山林で待ち受け安全を確保する者etc・・・全ての行動は入念な打ち合わせの中から生まれてきた物であった・・・そうして、実に20人にも及ぶ人間のピンと張り詰めた緊張感は8時間続き、マントルピースは数ミリの単位で見事に、命名、【歓待の西洋室】の中心に据え付ける事が出来たのであった。数日後、この作業風景の写真が出来上がってきた。一人一人の表情や、ゆっくりゆっくりと体全体で合図を送っている姿や、視線が力強くその興奮が蘇ってくるような心持になってくる。現代の建築が淡々として日々分業化されていく中にあって、これぞ【現場】というにふさわしい。

熱のある一日が、誇らしくもあり、忘れる事が出来ない。

■「歓待の西洋室 06」へつづく■

赤い線

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