タイトルロゴ 「言葉 〜泥の詩人より」
装飾用画像(東家土蔵 壁)

文筆家でもあり、「左官教室」の編集長でもある、“泥の詩人”小林澄夫氏が、挾土秀平との交流や、手がけた仕事について、左官教室「今月の言葉」に綴ったコラム。

03 八ヶ岳南麓の野菜蔵

文:小林澄夫 氏

八ヶ岳南麓の野菜蔵

このようにして
私は消えていくのか
枯れた花
石にすがる蝶
私の名前では何も残ることなく
誰れにも知られることもなく
ただ
風であり
声であり…

マヤ古謡

そんな詩を扁額にかかげるにふさわしい草家を私はながいこと探していた。朝鮮・ペルー・ニューメキシコ…。そんなに長くない人生の半ばもとうにすぎ、そうした詩にふさわしい草家を通りすぎる旅人として見ることはなかったわけでもないが、それは旅の夜空をいろどる花火にも似て旅の夜の闇をいよいよ深めたばかりなのだ。

それがこの八月の始め、思ってもみない出来事が、八ヶ岳の南麓で起こったのだ。それは泥の若い仲間達が五、六十人集まって、地元の自然農法家の依頼で野菜蔵をつくるというワークショップであった。

ワークショップは、三日間でのべ百五十人余が集まって、飛騨高山のかつての民家の屋根を葺いていた榑(くれ)板を地場の泥で積んだ松ぽっくり風の野菜の貯蔵庫で、それは木の枝や竹を縄でからげた骨組みに泥を塗ってしあげたので、土蔵といえば土蔵のつくりといってよい。

泥のワークショップの三日間は、集まった者達の無償の思いのゆえに祭のような気分であっというまにすぎてしまった。ワークショップは、その結果ではなくその過程が楽しく充足したものであれば成功したといえるのなら、参加した一人一人がなにがしかの豊かな思いを得たということでそれは成功だったといえるだろう。畑のすみに自生したくぬぎの樹を活かした立地といい、巨大な鳥かごのような骨組みといい、泥を捏ね、泥だんごを一人一人リレーしながら壁に積みあげ、榑板を針鼠の針のように差し込み、不思議な生物のようななまめかしいフォルムが形成されて来るのを誰れもがおどろき、感動に胸をときめかせたのだから…。

それから一週間後、私達はその祭の後の姿を見たくって、その現場にやって来た。野菜蔵は、八ヶ岳の南麓にふりそそく八月の光をまとい、くぬぎの青々とした葉群れの下にしずかにいこっていた。それはなにか縄文の昔からそこにそのままいつづけたとでもいったように静かにそれでいていまにも動き出しそうな姿でたたずんでいたのだ。

そう、この三日で生まれた不思議な奇跡に近い建物に名前をつけることは出来ない。マヤの古謡の唄うように…。

ただ

風であり

声であり…

という無名の言葉を捧げるしかない。

■04 飛騨のヒガキとケルトの渦巻紋様 へつづく■

赤い線

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