タイトルロゴ 「言葉 〜泥の詩人より」
装飾用画像(東家土蔵 壁)

文筆家でもあり、「左官教室」の編集長でもある、“泥の詩人”小林澄夫氏が、挾土秀平との交流や、手がけた仕事について、左官教室「今月の言葉」に綴ったコラム。

05 飛騨高山の歓待の園

文:小林澄夫 氏

森

オオシラヒゲソウ、ヤブレガサ、ツバメオモト、コケイラン、ノビネチドリ、トクワカソウ、イワカガミ、イワナシ、カタバミ、ササユリ、オサバグサ、マイヅルソウ、ベニバナイチヤクソウ、イチヤクソウ、ヒトリシズカ、フタリシズカ、アズマイチゲ、アマナ、シュンラン、エビネ、ナツエビネ、シライトソウ、チゴユリ、サンカヨウ、カニコウモリ、ニリンソウ、タチツボスミレ、ミヤマカラマツ、ダイモンジソウ、ゴゼンタチバナ、シュウキラン、ユウスゲ、アケボノソウ、ナルコユリ、イカリソウ、オダマキ、クルマバソウ、ホタルブクロ、イチリンソウ、フクジュウソウ、フシグロセンノウ、クルマバツクバネソウ、ハルリンドウ、ルリソウ、ラショウモンカズラ、ミヤマママコナ……。

飛騨千光寺のふもと……両面宿儺の山すその雑木林を切り開いた友の歓待の園……はるか乗鞍の白い嶺……離散した物達の国を逃れ……赤松、楢、椎、朴……雑木林にぽっかりとひらけた蔵風得水の地……蝉が鳴く鳴く千光寺山で、下保桐山良いと鳴く……飛騨やんさの盆踊り唄そのままの千光寺山の山すそにひらかれた友の歓待の園……。その歓待の園に植えられた飛騨の自生の山野草の数々……まだ十か二十の野草を探して植えるのだという。

この豊かな自然の土地に、友は明治の洋館を移築復元し、京都の鷹ヶ峰に工芸村をひらいた桃山の茶人、本阿弥光悦のごとく新しい左官の文化村をつくるのだという。復元された明治の土蔵式の洋館を中心にまわりの豊かな自然を取り込みながら歓待の風景を、草も木も土も虫も獣も鳥も、そこにあるもの、そこに棲むもの、そして到来するものを拒むことのないひらかれた風景を創造したいというのだ。

いま、西洋館は基礎石がおかれただけだが、まわりの雑木林には山野草が植えられ、自然石の積まれた池泉が築かれ、泥の地べたの広場ができ、木舞土壁の草庵の茶室に似た小屋が建てられた。

このほど、この茶室風の小屋の中に奈良から呼ばれたへっついづくりの老左官によって、役小角ゆかりの当麻寺のへっついと同じような黒みがきのへっついがつくられた。つやつやと磨きあげられた焚き口の三つあるなまめかしい黒へっつい。友はこの黒へっついを囲む壁を飛騨の赤土の大津で桃の実のようにふくらんだ赤磨き壁にするのだという……。

無垢で無償の自然があるのではない。心が生み出したにんげんの風景があるだけだ。そんな無償の風景を生み出そうとしている友よ……歓待の園よ……ササユリ、ヒトリシズカ、フタリシズカ、シュンラン、ニリンソウ、ナルコユリ、イカリソウ、オダマキ……そんなやさしい野草達の名前のひびきにさそわれて友の歓待の園を尋ねる日の近きことを……。

■06 歓待の庭 へつづく■

赤い線

このページのトップへ▲
Copyright(C) 2006 Hasado Syuhei & Shokunin-sya SYUHEIGUMI. All right reserved. 2009-4-10 renewal.