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装飾用画像(東家土蔵 壁)

出版・映像・演出などのプロデューサー、残間里江子氏のブログ
“駄目で元々雨、あられ。”より

10 水を塗る左官職人・挟土秀平

文:残間 里江子 氏

土と水陽

NHK「どよう楽市」の打ち合わせのあと、
勝どき2丁目の倉庫ギャラリーで開催中の
〜左官職人 挟土秀平「土と水陽」展〜を観に行った。

本当は午前中に行こうと予定していたのだが、
急なスケジュールが入って、
どうしても行けなくなり、
とうとう夕方近くになってしまったのである。

ご本人に電話をすると、
丁度会場にいる時間なので案内をしてくれると言う。

不景気を嘆く声が聞かれる昨今ではあるが、
さすがに師走、
街中にイルミネーションが輝き、
人と車が溢れ返っている。

銀座4丁目を過ぎ、
歌舞伎座の前を抜けて、
勝鬨橋を渡るとすぐのところにギャラリーはあった。

倉庫の目に約1年半ぶりの挟土氏が立っていた。
彼とは、2007年に開催された「ユニバーサル技能五輪国際大会」の、
記念シンポジウムに出た時に知り合ったのだが、
当時既に「カリスマ左官」として名を馳せていた彼は、
独特の存在感で会場中を魅了していた。

プロフィールの最初に「左官技能士」と記す彼は、
普段は飛騨高山で「職人社秀平組」を営み、
自ら山で土を堀り、捏ね、壁を塗る。
修業の歴史も、素朴な野心も、情熱の発露の仕方も、
実に映像的で、物語化しやすいせいで、
メディアも広告界も放ってはおかない。

CM出演から、取材・講演依頼は引きも切らず、
そのたびに彼は悩み、
時に相談の電話をかけてくる。
自らを「職人」と任じ、
「アーティスト」ではないと思い続けて来たせいで、
塗った壁が「作品」になることを恐れていたのである。

一般に「職人」は技そのものに生きる人たちと解釈されており、
技が卓越していればそれでよく、
その仕事を「誰がやったか」は問題ではないから、
「無名」を良しとしているのだが、
「アーティスト」は「その人が創ったこと」に価値があり、
技に「付加価値」がついているということだから、
「有名」であることを良しとしなければならないのである。

有名と無名。
これは結構大きなことで、
私の仕事は、人が無名から有名への階段を上る姿を見ることも多いが、
逆に、有名から無名への階段を転がり落ちる瞬間を目にすることも、
多いのである。

「有名」への誘惑は、魅力に満ちていて、
よほどしっかり自分を抑制させない限り、
抗うのは難しい。
しかし、いったん有名になると、
今度は「雑用」が増え、
技を磨く時間はしばしば阻害される。

挟土氏は随分長い間、
そうした葛藤から解放されずにいたようだが、
ある時、私が「目に前に来た仕事をやりたいか、
やりたくないか、ただそれだけを考えたら?
どうしても迷った時には、
『今この仕事を断っても、来年も来る』と思ったら断って、
『もう二度と来ないだろうな、惜しいな』と思ったらやる、
そうしているうちに、あなたがではなく、世の中が、
あなたを職人かアーティストかを、決めてくれるんじゃないの?」
と、言ったあたりから、少し吹っ切れたようで、
自分で面白いと思った仕事は、
誰が何と言おうと、
「引き受けることにしている」のだという。

倉庫ギヤラリーに展示された「挟土壁」の片鱗は、
いずれも「挟土秀平」のもので、
「職人技」というよりは「職人芸」の趣のほうが強いように感じた。
それでも、彼は「お金」や「名誉」で、
仕事を選ぶことはないだろうし、
これからも「職人」と「アーテスト」の間で、
揺れ続けていくと思う。

赤い線

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