村上春樹氏 とネイティブアメリカン 首長の言葉より
我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく
儚い世界に生きています。
生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。
大きな自然の力の前では、人は無力です。
そのような儚さの認識は、
日本文化の基本的イデアのひとつになっています。
──村上春樹
我々の見ている大地は、ただの土ではない。
われらの祖先の血と肉と骨とでできている。
自然の土を見つけるには、深く掘り進まなければならない。
表層にあるのはクロー族。
この大地こそ、それはそのまま、われらの血であり
捧げられたわれらの死者たちだ。
──首長
しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、
そのような危機に満ちたあやうい世界にありながら、
それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、
そういった前向きの精神性も、
我々にはそなわっているはずです。
──村上春樹
わたし自身の体験から言う。
人はだれしも、ある種の動物や、木や、植物や、
特定の場所に心を奪われる。
その魅力にふさわしい価値ある存在になるために、
自分が惹かれるものに心をとどめ
なにを行えば一番よいかを模索する。
そのとき人は、魂が浄化される夢をみるのだ。
──首長
「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、
いわばあきらめの世界観です。
人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。
しかし日本人はそのようなあきらめの中に、
むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。
──村上春樹
人の手になる作品が、
多くの人に褒めそやされるとき
われらはそれをすばらしいという
だが、昼と夜のうつろい、太陽、月、夜空の星々
大地の上の季節のうつり変わり、
果物の熟れ色づくさまを見るとき
それは人智では、計り知れない、
なにものかの作品であることを
われらは、よく知らねばならない。
──首長
去る3月11日午後2時46分に
日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。
地球の自転が僅かに速まり、
1日が100万分の1.8秒短くなるほどの規模の地震でした。
地震そのものの被害も甚大でしたが、その後、
襲ってきた津波はすさまじい爪痕を残しました。
皆さんもおそらくご存知のように、
福島で地震と津波の被害にあった6基の原子炉のうち、
少なくとも3基は、修復されないまま、
未だに周辺に放射能を撒き散らしています。
10万に及ぶ数の人々が、
原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。
畑や牧場や工場や商店街や港湾は、
無人のまま放棄されています。
そこに住んでいた人々はもう二度と、
その地に戻れないかもしれません。
何故そんなことになったのか?
理由は簡単です。「効率」です。
──村上春樹
今わしらは、別の人種とかかわり合っている。
わしらの父親たちが、
この人種の者たちに初めて出会った時には、
まだちっぽけでひ弱だった彼らも、今では大変に人数も増え、
おまけにずいぶんと横柄になっている。
まったく奇妙な話だが、
彼らは大地は耕すものという考えにとりつかれ、
所有への欲望という熱病にまで冒されている。
この人間たちは、規則をいっぱい作った。
金持ちはそれを破っても平気だ。
わしらはすべての母である大地を、
この人間たちは自分たちだけが利用できるものとして、
隣人同士が境に塀をめぐらしあっている。
そして、建物を建てちらし、
汚物を撒き散らして、
大地をだいなしにしようとしている。
この人間たちの作る国は、雪解けの濁流に似ている。
その急流はあふれかえり、
通りすがりに出会うもののすべてを、破壊していくのだ。
わしらはとうてい、
この人々と相並んで生きていくことはできまい。
──首長
我々は新しい倫理や規範と、
新しい言葉を連結させなくてはなりません。
そして生き生きとした新しい物語を、
そこに芽生えさせ、立ち上げなくてはなりません。
それは我々が共有できる物語であるはずです。
畑の種蒔き歌のように、
人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。
我々は死者を悼み
無駄にするまいという自然な気持ちから、
その作業に取り掛かります。
それは素朴で黙々とした、
忍耐を必要とする手仕事になるはずです。
晴れた春の朝、
ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、
種を蒔くように、
みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。
──村上春樹
はじまりのとき、
人間と動物のあいだには、ちがいはなかった。
その頃はあらゆる生き物が地上に生活していた。
人間は動物に変身したいと思えばできたし、
動物が人間になることもむずかしくはなかった。
たいしたちがいはなかったのだ。
生き物は、ときには動物であったし、
ときには人間であった。
みんなが同じことばを話していた。
その頃は、ことばは魔術であり、
霊は神秘的な力を持っていた。
でまかせに発せられたことばが、
霊妙な結果を生むことさえあった。
ことばはたちまちにして生命を得て、願いを実現するのだった。
願いをことばにするだけでよかったのだ。
しかし、説明したらだめになる。
昔は万事がそんな風だった。
──首長
我々は次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、
ある意味では、「仕方ないもの」として受け入れ、
被害を集団的に克服するかたちで
生き続けてきたのは確かなところです。
あるいはその体験は、
我々の美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。
人はいつか死んで、消えていきます。
しかしhumanityは残ります。
それはいつまでも受け継がれてゆくものです。
我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。
結局のところ、
我々はこの地球という惑星に勝手に間借りして
どうかここに住んで下さいと、地球に頼まれたわけじゃない。
少し揺れたからと言って、文句を言うこともできません。
時々揺れるということが地球の属性のひとつなのだから
好むと好まざるとにかかわらず、
そのような自然と共存してゆくしかありません。
──村上春樹
「母」である自然は、永遠で、万能だ。
それなのに、人間の発明ときたら、どうだろう。
あの連中が、砂漠の果てに作った高慢ちきな町や、
自分らが征服して手に入れたものを守り、
しっかりと抱いて放さないためにつくられた、
あの武器ときたら、いったいなんだと言うのだろう。
そんなものは、ちっぽけな埃の集まりにすぎない。
大いなる自然の力は、いずれそれらを、
もとの誇りに帰してしまうだろう。
何年か、城砦を離れてみることだ。
何か月か、大砲や機関銃を、
大平原に置き去りにしてみることだ。
そうすれば、城の石は草やら茨やらがおおいかぶさり、
堅い鋼鉄を錆が蝕んでいくことだろう。
いままで何度も、広大な砂漠のようなところに、
強力な都市がつくられ、そこを人が埋めつくしたことがあった。
ところが、今ではそこに廃墟しか残ってはいない。
そしてその廃墟もまた、
二度と人が踏み込まないような大地と、
ひとつに混じり合ってしまうのだ。
通過していくものである人間などは、たいしたものではない。
「霊」が息を吹きかけるだけで、
そんなものはいなくなってしまう。
そのときは、
「大地」の息子たちが、「大地」をわがものとするだろう。
そのとき、
過ぎ去った時間が、新しい生命を得て、よみがえる。
──首長
インディアンの言葉(紀伊国屋書店)
ネイティブ・アメリカンの教え(講談社)
村上春樹さんスピーチ全文(毎日新聞)より抜粋
写真:asahi.com記事より
――――――――――――――――――
最近一番大切だと思うことは、このふたつのことについて。
同じ人間同士でも、その人が体験から入っているか、
頭から、知識から入っているかということ。
どちらで出来ているかで
決断や進む方向が決まってしまう。
自分は、村上春樹氏のことも、
ネイティブアメリカンのことも知らないけれど、
両者はまったく違いながら、
両者は共に、眼と肌の体験から入っている、
だからこうしてかみ合う。
自分もまた、そうありたい。
──挾土秀平